2022/04/18 15:33

私たち日本人は「正解を求めすぎている」のだと思います

それが戦後教育のせいなのか、はたまた恥を怖れる民族性のせいなのか
そんなことは知らないし、きっと賢い人が研究されていることと思いますが、
誰かに「それ、違うよ」と言われること(それによって恥をかくこと)を
とても怖れる人が多いような印象を持っています

私自身、「それ、違うよ」はめちゃくちゃ恥ずかしいし、怖い
これから何年生きるのかわからないけれど、もう死ぬまで経験したくない

でもね、だからといって、何に対しても『正解がほしい』ってのは、
それはそれで行き過ぎだと思うんです



特に紅茶
もうね、<正解論争>を何十年、誇張抜きに『何十年』やってるんだと思う。呆れる

もしかしたら正解を求める人がいるから論争があるのではなくて、
正解を与えたい人がいるから論争が尽きないのではないか
インターネット以前の前世紀からずっと、ずーーーーーーっと、
【こういう紅茶はこういういれ方が正解、これは不正解】
みたいなことを続けてる。もううんざり

生産者(茶葉をつくる人)
製造者(それを商品にする人)
に敬意はあってほしいなと思います。商品は大事にしてほしい

それは大前提としつつ、
あれはダメ、これはNG、
そんなことするのはわかってない証拠
と、他人の行動を指摘し、自らの正解を誇る

そんな言動はもういらなくないですか?



水や牛乳の成分にこだわっていれるのも正解ならば
何も気にせず気軽にダバダバとするのも正解

お気に入りのティーセットでゆっくり楽しむのも正解ならば
いつものマグカップでガブガブ楽しむのも正解

0.1グラム、1c.c.、1秒単位でいれる精度にこだわるのも正解ならば
こんぐらいでいいよねーで気軽にいれるのも正解

全部正解ってことは、実は正解と不正解なんてないっていうこと
世の中の正解なんて、なんの意味もないから気にしないで!


紅茶なんて、生活の中の飲み物なんだから
生活・人生の基盤である精神を疲弊してまで気を使うものではないのです

あなたの飲む紅茶は、あなたのいれ方が一番
それ以上の正解はありません。大丈夫


これからの春から初夏にかけては、
さわやかな青空に気持ちも解き放たれるようで、
紅茶がより一層おいしくなる季節
(多分、夏も秋も冬も「一層……」って言う)

好きに、気軽に、紅茶とともに楽しい時間を過ごしましょう