2018/07/24 11:49

気持ちの中にあること、たとえば何かが好きだったり嫌いだったり、政治的な主義信条だったり。他人を攻撃するようなものでなければ、何を思っていても自由だし、むしろ自分の考えがあるということは素敵なことだと思うんですね。もちろん人との関係の中で考えが合う合わないってことはあると思いますが、しっかりした考えを持っていることは決して悪いことではありません。




私だって、好きなサッカーチームがあれば嫌いなサッカーチームもある。政治的にも自分の中に確たる考えを持っていますし、もちろん紅茶との付き合い方に対しても自分なりの考えを持っているつもりだし、日々、何を考えるべきか、どうアウトプットするべきかなどを自問自答していたりします。

自分がブレンド紅茶というカテゴリを大切に思っているし、その価値を皆さんに理解してもらいたいと思っていることはもちろん隠そうとは思わないし、むしろ積極的にアピールしていきたいと思っています。それこそが犬猫紅茶店の価値ですしね。
ただ、そのアピールをしていく際に絶対に気をつけなくちゃいけないなと思うことがあって、それはブレンドの対極にある考え方、たとえば茶園直送の季節ものの紅茶なんかを悪く言わないということです。

それは「あんなものは価値がない」と思っている気持ちを押し殺して黙っているという意味ではありません。自分の良いと思うものを輝かせるための対照として使ってはいけないということです。

たとえば、「私の好きなアイドルはちゃんと生歌にこだわってる。だから素晴らしいんだ。あそこのグループなんて人気はあるけど口パクじゃん」みたいな言い方ですね。これはなるべくしたくないと思っています。
「あそこのグループの口パク」は、それはそれで考えがあってのことだろうし、そこに価値を見いだす人もいるでしょう。ダンスに集中できるとか、いつだってクオリティが変わらないとか、メリットだってあるはずです。だから生歌主義を讃えたいのであれば「生歌でかっこいい!」という骨格を絶対に大事にしなくちゃいけないなと思うわけです。

でも、これ、そうは言ってもむずかしいんですよね。対照物を出す方が説明としては分かりやすいし、誰かを下げた方が相対的に自分は上がりますから。それに誰かを下げるというのは笑いも取りやすいし。伝えたい、分かって欲しい、おもしろく聞いて欲しいという気持ちが強ければ強いほど、無意識に対照物を使って説明したくなったりしちゃう。ダメですね、気をつけないと

別に私は誰の悪口も言わない聖人君子なわけでもなくって、応援してるサッカーチームの監督に腹を立てれば罵るし、テレビの前で相手選手や審判を野次ったりもします。政治家に納得できない行動があれば批判もするし、好きなアイドルにクソみたいな楽曲を提供してくる作曲家がいればがっかりして文句も言います。
あと、相手がこちらを攻撃(「ブレンド紅茶なんて妥協の産物で、茶園直送こそが紅茶のあるべき姿だ」とか)してくることがあれば、相手を軽蔑しますし、必要があれば戦うこともある……かもしれません。

でも、自分が良いと思うことを輝かせて見せるために、そういう悪口を使いたくないなとは思ってます。できてるかどうかは分からないけれど、気をつけてます。

自分が大切だと信じる価値を大切にして、他人を利用して価値を高く見せかけないこと。言葉にするのは簡単だけど、つねに気をつけてないと大変です。できるかな……うん、頑張りましょう